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午前五時五分からの十五分

鼓膜を繰り返し叩きつける重低音で、飛び起きたのが午前五時を過ぎたころだった。携帯電話の設定を解除し忘れて就寝した、午前七時四十分の目覚ましアラームだってまだ沈黙を守ったままだというのに、ガン!ダンドンとドアを立て続けに打ち付けられる音が私の部屋ごと微震させていた。一瞬にして世界の破滅の序章を危惧させるような、切実で切迫した不快音だった。
(窓を開け忘れた、扇風機も)
深夜のアルバイトを午前三時半に交代し、家へ帰るなりスキニーでもないのにへばり付くデニムパンツを床に脱ぎ捨てるとベッドへ倒れ込んだ。馬鹿でかいだけで引越してきた時から壊れて動かない、無駄に部屋の壁を占領する古い型のエアコンのせいで、八月中旬の猛暑の中、トランクスとTシャツ一枚という姿で汗をダラダラ垂らしながら浅い眠りを彷徨い続けていた私は、その爆発音にも似た音が鼓膜を容赦なくつんざいた途端目を覚ました。疲労でまぶたは重く、頭は熱と音でもうろうとしている。蒸し上がった部屋は地獄の釜の中のようで、その上ドンドンと唸る鈍い音に意識を翻弄されながら目を開けたとき、私は一瞬ここはすでに黄泉の国なのではあるまいなと思った。
築五十年は有に経過した木造のボロアパートを、そのような強い力で殴りつけられては、ドアごと壊れて外れてしまう。「いい加減にしないか!」私は声を張り上げながらベッドから立ち上がり、六十センチ四方のガラスのローテーブルの上に置いていた携帯電話を手探りで見つけ出し、開いて時刻を確認した。位置が低い上に天面がガラスなせいで余分に時間をくった。電気を点けワークデスクの前の窓を一気にガラガラと開ききって、手首に付けていた茶色のヘアゴムで簡単に髪を縛り、扇風機のスイッチを入れると部屋の隅で五枚のプロペラがゆっくりと首を振り足元に風を送る。ようやく暑さと眠気から少し開放されると、出来る限り急いで鍵を解きドアを押し開けた。

(こんな出鱈目な時間にうちに来るのは、アイツに決まっている)
誰がそんな馬鹿げた愚行を朝一からやってのけるかは見当がついていた。そうだ、こんなことをしでかすのはサンゴ(三吾)に間違いない。こんな風に慌ただしくドアを叩いて私を無理やりに起こした蒸し暑い雨の日の朝が、つい先々週のことだというのに。どうせ南口付近の居酒屋を夜通し飲み歩いて、電車に乗れなかったからといって私の家の寝具から何から勝手に借りるつもりなんだろうが、便利がいいからって考えなしに乗り込んでくるのは止めてもらいたいものだ、ましてやこちらはアルバイト上がりで疲れ果てて就寝したところだというのに。

住んでみる前は下喜多沢というのは小洒落た若者の為の街といったイメージがあったのだが、実際は多少いい加減な成りをしていても許容される下町だった。私の中では清潔感を損なわない古着が似合う場所というカテゴライズで、新しいものと古いものが無理なく肩を組んで街の雰囲気を盛り上げている。夜になると合コンと思しき大学生の男女が駅前にたむろし、そのすぐ裏通りにある露天の居酒屋では仕事終わりのオヤジたちが、カウンターや、狭苦しく置かれた小振りのテーブルに向かい合って串を頬張っている。地下で演奏を楽しむ小さなライブハウスでは夢を担いだ若者達が夜を賑わしていて、通り過ぎてきた青春の心のときめきが眩しく、懐かしい。いい加減で、ごちゃごちゃとしていて、くたびれた街の雰囲気が気に入って、探してみれば安い物件もあるもので、去年の夏の終わり、空気に清涼な快適さが混じりはじめたころ、私はここに住めればいいとあまりモノをこだわらずに引っ越したのだがそれが良くなかった。一昔前、昭和時代の売れない漫画家達が集まって住んでいそうな六畳一間の木造アパート。外装はもとより内装もひどいもので、どうやらアイボリーカラーであったはずのものがうっすら全体的に汚れてほぼ薄焦げ茶色に変色した壁紙は所々何かを貼って剥がしたような日焼けの痕があり、しかしながらユニットバスと電気コンロの簡易キッチンは平成仕様と分かるレベルのものに取り替えられていた。冬は着込んだり布団に包まっていればどうにかなるものの、エアコンが壊れて動かないせいで夏は湿度が飽和し亜熱帯の森のように暑い。おまけにサンゴと引越し祝いという理由をつけてはめを外し居酒屋を渡り歩いたその夜から、本人は中瑪黒のマンション住まいのくせに、このボロアパートを簡易ホテル代わりにして気まぐれに立ち寄るようになってしまった。私は肩にかかる長さの私よりクセのひどいもじゃもじゃパーマを後ろで一つに束ねた、髭面でだらしない表情の男が「ヤッホー☆くるくるハナダ」と一言言うなり部屋になだれるように上がり込んでくる姿を想像した。そして今も乱暴にドアを叩き続けているその扉のすぐ外にいる男の顔へ向けて、ドアを押しながら睨みをきかせて一言言い放った。沖縄人でもないくせに暑苦しい顔をしやがって。(頭がくるくるパーで、くるくるパーマなのはお前だって同じだろう。だけど私の髪はお前のと違ってくせ毛の自毛だけどな)今日は何色のアロハシャツを着ていることか。「迷惑だな、だから俺の都合を勘定に入れとけって言ってるだろ」

ところが目の前に立っていたのは別の男だった。開いたドアの前に現れた男の顔色は青白く、息を荒らげ、瞳はすがるように潤んでいた。濃グレーのVネックTシャツには襟ぐりや脇の下に汗染みが浮き出ている。その今にもぶっ倒れそうな表情をした男の肩を私は反射的に両手で掴んだ。そこにいたのはトキワ(藤輪)だった。
「大丈夫か?!どうしたんだ?!」
トキワは私が肩を支えかけた途端に膝を折り、重力に押さえつけられたように座り込んだ。か細い声で、「もう俺はオシマイだ、もうダメなんだ」と独り言のように呟く彼に驚きながら、私はしゃがみ込んで彼の顔を凝視した。
走ってきたのか、直毛の黒髪が乱れてあらゆる方向へ流れており、額には汗が噴き出して乱れた前髪に絡みついていた。呼吸は荒く、肩で息をしている。目鼻立ちの整った、誰であっても好感を持つ美男子だが、好感が持てるのは外見そのものだけではない事は付き合いの長い私の良く知った所だった。目深にかかった前髪の間から、筋の通った鼻の端麗さが一層に際立っていた。彼とは中学生の時分から十五年来の付き合いだが、小さな冗談をごくたまに言うことはあっても、こんな風に常軌を逸した行動など決してとらない、親の金を持て余して奔放に暮らしているサンゴとは質の違う、勤勉で律儀で真面目な気質の男だった。航空会社に勤務する自立した立派な大人、もちろん物書きでは食えないからアルバイトで何とか日々をしのいでいる私とも違う、たいそう出来のいい男だ。そんな彼がこのような深夜、というよりは明け方の時分に勢い込んでの事態だ、相当のことがあったのだろうと私は察した。
「とりあえず上がれ、廊下の冷えた床よりはいくらかマシだから」
私が促すとまた彼は掠れたか細い声で、ダメだ、ここでは言えない、話せないと切迫した様子で言った。そうは言っても、こんな早い時間から開いている茶店などこの辺には無い、まぁ外国の何処かでは今が何時かは知らないが、一息つくのにうってつけの洒落たカフェが指折り営業しているだろうけどさ、じゃあと言ってこれからお前のとこのMCNエアラインに頼んで空席だった飛行機のチケットを格安で用意してもらうほうが手間だろうと私は冗談を言ってみた。彼は少し微笑んだけれどどこか具合が悪いようだった。額にかいているのは赤味を帯びてきた青白い表情と相まって冷や汗のようにしか見えない。
私には彼があまりに辛そうに見えたのでここではなく病院に行かなくて大丈夫かと尋ねた。病院なら二十四時間診察している大学病院が、ここから徒歩十五分くらいの所にあったはずだ。何なら肩を支えて付いていってやるからと私は提案した。するとトキワは何度か首を横に振って、荒い呼吸を繰り返しながら独り言のように呟いた。
「そうだ、夜明け前なんだ、まだどこの店もやってないよな。病院?病院か。なるほど他人様に頼んで治療を受けるのは名案に違いない。だけどどんなに名の知れた名医にだって、この病を治すことなんか」
「藤輪、お前もしかして、ひどい風邪をひいているんじゃないのか?さっきまでは青白く見えたんだが、今はお前、少し赤い顔してる。熱があるんじゃないか?俺の家にだって体温計くらいあるさ、こんな時間だから、とりあえず上がれよ」
「すまないが華雫、そうさせてもらうよ」

控えめな口調で絞り出すように呟くなりトキワは艶のある黒い革靴をうやむやに脱いだかと思うと玄関の床に倒れ寝転がり、唐突に押し殺すような笑い声を上げ始めた。私は驚いて何度目かの「大丈夫か?!」という声をかけたが、彼は無言のまま、四つん這いで体を引きずるように中に入っていった。山で熊に遭遇し襲われながらも何とか逃げようとしている登山者か、悪霊に取り付かれている最中の人間にも見えたが、最も酷似していたのは酒に酔いつぶれたサンゴの姿だった。しかしながらこの男はトキワだ、これはふざけた末の行動ではない。私はまだほぼ真っ暗な部屋の中で目を閉じ頭を横に軽く振った。

彼が玄関入口の廊下まで入ってしまうと私は後ろ手にドアを閉めた。私の足元には仕事用と思しき彼の艶々とした黒い靴と、履き込んでくったりとしている私の普段用の茶色い革靴が、踏み荒らされた足跡のように散らばっている。薄汚れていて何もかもが不十分なこの部屋にそぐわぬ物と馴染みきった物の混在、泥酔したサンゴに酷似したトキワの姿。私は無理やり目をこじ開けられてから起こったほんの数分の出来事を前に、覚め切っていない意識の中あっけにとられながら見下ろし、立ち尽くした。そしてこれはいよいよのっぴきならない深刻な病に、彼は彼の心ごと乗っ取られているに違いないと察した。時間の感覚も、世俗的な常識という概念も、彼を彼たらしめる表層人格ですら保つことが難しくなるくらいの、恐らくは命に関わるような、病魔という大きな負のエネルギーが、彼を内側から崩壊させてしまっているのだろうと。
私はビニルコーティングのフローリングにうつ伏せのまま息を殺して笑い声を上げている男の体を見つめた。コンクリートで埋めただけの玄関口に脱ぎ放された靴と靴が散らばる床の奥、レトロな花柄のタイル模様がプリントされたビニルコーティング材のフローリングの上で、病に犯されていると思しき男が体を横たえている。彼は普段はカジュアルな洋服を着ているがその時はセンタープレスの黒いスラックスを穿いていたので、仕事明け制服の上着だけを着替えてここへ直行してきたのかもしれないと推測した。痩身に見えるが肩も背筋もたくましく、私なんかよりずっと丈夫な体格をしている。彼には筋トレフレンドというのがいて、私は参加した事がないので良くは知らないが、空いた時間があれば集まって黙々とストレッチをするというのを習慣づけているほどのトレーニングマニアという変わった側面もある。ストイックで真面目な性格だから一つも不思議なことはないのだが。とにかくどう見ても病気をしているようになど見えない。アウトドアが好きでない私の方が、他人が見比べたとしたらよっぽど彼より病弱に見えるはずだ。
私はトキワの傍らにしゃがむと肩に手を置いた。
「詳細は分からないが、茶でも出すから。こんな俺だって、茶くらい振る舞えるさ。ペットボトルの安いやつだけどな」
ペットボトルの茶の種類の話だったらお前でも敵わないくらいだぜ、最近麦茶の味に飽きて某社の蕎麦茶にはまっててな、これが香ばしくて美味いんだなどと言いながら私は彼の体を支えた。トキワは上体を起こすと、瞼を手で拭った。泣いていたのだ。私はいっそう心が痛んで、これは本当に彼にもどうすることも出来ないほどの病が、彼を心身共に蝕んでいるのだと察した。彼は二重の少し垂れた目尻を、玉じゃくしのしっぽのようにしならせて微笑むと、「有難う、いただくよ」と応えた。そして本当にすまない、ハナダと付け加えて立ち上がった。私は普段通りのトキワの穏やかな笑顔を前にひと安心すると、頷き彼を奥の部屋へ促した。

「それで、どこが悪いんだい、率直に聞くけど」
私は小振りのグラスにペットボトルの茶を注ぎ入れながらそう尋ねた。トキワはけろっとした顔で、目をこすってから笑った。
「どこも悪くないよ?」
「へっ?だけどお前、病気がどうのこうのって、もうダメだ、って」
「違う、そういう意味じゃないんだ、ごめんごめん。体はいたって健康だよ」
ほらこの通り、と言ってトキワは腕まくりをして見せた。上腕の筋肉がこんもりと盛り上がり、ぴんと張っている。私は眉を寄せた。
「それじゃあなんだってお前、こんな時間に」
「俺は今、恋をわずらっててね。病もヤマイ、不治の病だよ。どんな名医だって、この病気は治せやしない。この恋のおかげで、俺は今細胞をバラバラにされて、単細胞生物にまで退化させられている最中なんだよ」
彼はそう一息で言うと、目尻にシワを寄せて笑う人懐っこい笑顔で私に向き直った。一つ二つ増えたそのシワの数が、互いに重ねた年の経過を思い出させた。それでも愛嬌たっぷりの表情はあいも変わらずそこにあった。唇に張りがありぽってりとしているので、彼の笑顔はそれを向けられた他者にいっそうの親しみを与えるのだった。
私は「は?」と眉をひそめ、笑顔の彼を凝視した。
「は、恋って。お前、そんなくだらない内容のことで明け方五時に他人様の家へ突然押しかけるようなフザけたヤツでしたっけ?」
私がそう冗談半分、本気半分で尋ねるとトキワはハハハと笑い声を上げ、小さな声で呟いた。
「それがね、彼女、結婚しちゃうんだ」
彼は笑顔を保ったまま、私の顔を見てそう答えた。
「え?」
私はどきりとした。しばらくの沈黙の間も、トキワは玉じゃくしのようなシワを目尻に寄せた人懐っこい笑顔を崩さなかった。とっさにカナリ(果実)の顔が脳裏に浮かんだ。私は五年の交際期間を経てついにカナリと結婚するという話を、昨日の夜この男にしたばかりだったから、訳の分からない気持ちになった。
「果実のことか、お前が言ってるの」
「あ、違う!違うよ、それは違うんだ」
「なんだ、びっくりした!お前がこんな、常識はずれな、らしからぬ行動とるくらいだから、そういう意味かと深読みしちゃったよ」
私はハハハと笑いながらあわててグラスのお茶を飲み干し、乾いた喉を潤した。飲んでみて気付いたのだが、私の喉はカラカラだった。トキワの表情がいつもと違っていて、それはとても微細な違いなのだが、彼の何かが明らかに異常だったからだ。息が上手く出来ないのか呼吸が短く、普段同様私との受け答えには穏やかな微笑を浮かべていたが、その笑顔と笑顔の間の表情は真顔で、目が据わっていた。トキワは私に合わせるように声を上げて笑った。笑いながら、「全然違う人だよ」と言った。
トキワはそう呟くなり、さっきまで彼の肩にかかっていた重力から開放されたようにすっと立ち上がって、「無理やり起こして悪かったな、帰るよ」と言い放つとすたすたと玄関まで歩いていって靴を履き、そのままドアを開けて出て行った。
私はトキワが秒速で行った一連の行為に声もはさめず、彼が出て行ってしまったドアの方を見つめていた。そしてこれらは全て、十五分程度の時の経過の間に、私が夜明け前の浅い眠りの中で見た夢ではなかったかと思い直した。テーブルの上に二つ置き去りにされたグラスに目をやる。片方は空になり、片方は手付かずのまま、琥珀色の液体はまだ微震している。夢ではない。これではっきりしたと思った。彼はやはりカナリに恋をしているのだ。

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