クリスマス・グリーン・スーツ~モミの木のパジャマ~(仮)

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クリスマス・グリーン・スーツ~モミの木のパジャマ~(仮)
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まだあらすじです、人称も定まってなくて読みにくいですがとりあえず最後まで書けたのでアップ。一部も全部もコピー不可。初めて夢がきっかけになったフィクション小説です。


テレビの画面をぼんやりと眺めていると、暁音(アカネ)が髪を後ろで小さくまとめたタイトな頭部を僕の左肩にそっと傾けた。コーヒーの入ったカップの湯気はもう立ち上がっておらず、僕はその冷たく底の見えない濁った池のような液体を口に含む代わりに口の中にわずかに残っていた唾液を無理矢理に飲み込んだ。恐る恐る、彼女の少し骨ばった小さな肩に手をかけると、それまでもテレビの音声以外なかったほぼ沈黙しきった空間に突然ザワザワと雑音が交じりだした。なのに気持ちはしんと静まり冷え冷えと凍るようで、僕が為すべき次の一手~唇を重ねたり、彼女の着用しているニットの裾に手をかけたり~を前へ進めるべきだという義務感は行動を促す有益な起爆剤になってくれはしない。謝るべきではない、だって謝るという行為は彼女の心を深く傷つけるだけだろう。

「コーヒー、入れ直そうか」
僕はそう一言いうとソファーから立ち上がり様にテーブルの上のカップを二つ手に取った。

暁音は振り向きもせず、「貴方の入れたコーヒーは、とても美味しいから」と感情のこもらない言葉を呟いた。呆れているんだ、がっかりして。

君の本心だったら、痛いほど、むしろ冷えて凍って、痒いを通り越して痛いほどに分かっているから。分かっているから、もう少しだけ、待っていて。この褐色の液体が全部落ちきっても、まだ、もう少しの間。

僕は新しいコーヒーカップの、指の腹に吸い付くような美しい洗い上がりに安心した後で、電気ポットのお湯を少しずつ注ぎ入れた。いつもと変わりなくポタポタと、湯気と香ばしい香りを立てながら落ちる液体に、救われているんだよと心から感謝しながら。



「並木(ナミキ)、もう出るよ」
「行けます」
会社を出ると古岩(コイワ)さんの車に乗り込み、クライアント先へと向かう。広告代理店の営業に就職した僕の担当上司が古岩さんだ。クライアントの希望通りの価格を提示出来ることになり、商談を今日中に決めてくることになった。古岩さんはアラフォーの、多くの提携先と顔パスが効くと言われている営業科最優良社員だ。

僕が助手席でシートベルトを付けるのと同じタイミングで車が動き出す。こちらを一瞥した後で、「頭の資料、すぐ出せるようにしといて」と指示を受けた。
「価格帯の変更後と、プラン設定一覧ですね」
「そう」
他社より早く商談を決める。うちで出してもらう為に最も重用なのは他社よりも安い価格か広告内容とオプションを充実させ、最短で条件を提示すること、そして契約書に印をいただくことだ。

車を運転するのは通常は部下の僕ではないのかと申し出ると、彼女は首を縦には降らなかった。「いいのよ、君は」そう表情を少しも変えずに助手席に乗ることを目だけで示唆した。

クライアントに会った時は、頭を下げる前にまず笑顔。頭を下げるのはそれからだと、彼女から教わった。そんな古岩さんは僕と一緒にいる時はほとんど仏頂面をしている。

(二重人格、ではないよな)
商談先のドアを開く前と後の、彼女の面持ちと立ち振る舞いの違いに最初は驚いた。品の良い笑顔を見せ、「お待たせしてすみません」と社交辞令を言う声のトーン、全身から好意を示すような明るいながらも声量をわきまえた笑い声、それでいて価格交渉や日取りの決定には背筋をピンと伸ばし、芯の通った譲らない強い姿勢を崩さない。女は沢山の顔を持っている生き物だと、父が言っていたけれど彼女を見ているとその通りだと思わされる。
古岩さんは僕には視線だけで必要な資料を要求する。僕は彼女の次に意とする種類の資料を、タイミングをぴったり合わせて彼女に手渡す。

「はぁぁー、決まった」
「お疲れ様です」
「並木も、お疲れ。ご飯何処で食べる」
「ここでも良いですか?」
「良いよ。私持ってないから、食べたら戻ってくる」
「はい」

古岩さんが交差点の方へ歩いて行ったのを見送ると、僕は会社に戻り、弁当の入った袋を持って古岩さんの車の後部座席に乗り込んだ。熱いコーヒーの入った水筒を取り出し、一口飲むと商談をまた一つ決めた満足感が喉元から気持ちを暖かくする。弁当の袋を開き、一人で食べる。このような昼食スタイルを自分でも社交的でないと分かってはいる。だけど古岩さんに自分の潔癖症を打ち明けた今は、この少し異質な潔癖具合を隠さなくていいことを有り難く思っている。
そして数日前、僕はついに暁音との夜の悩みを古岩さんに打ち明けた。僕はそうする事で少し軽くなった胸の内に自分でも驚く程安堵した。

「それは、ただの思い込みだ、その事実をきちんと理解はしているよな」
「もちろんです、綺麗に洗われている可能性だってある、危険性とは半々だって」
「この日本っていう恵まれた環境で、衛生面どうのこうの、中国かタイ支店に飛ばされたらどうすんのさ君は」
居酒屋チェーン店「磯の民」で古岩さんと飲むことになった。打ち明けたからもう誘われないと思い込んでいたが、彼女から余計に誘われるようになった。持参した箸で唐揚げを口に含みながら黙り込む。味は美味しい、だけどそういう問題じゃないんだ。唐揚げは高音で揚げてあるから、完全に滅菌されている、だから大丈夫って自己暗示をかけて黙々と口を動かす。自分でも異常だって、分かってはいるけど、慣れない。
「自分で調理したら清潔だなんて。だったら自分で食材だって作らないと。農薬だって使われているし、洗い方だって清潔だなんて保証ないんだよ?少しくらい有害な物、絶えず食べることで体は菌と戦うかこれは攻撃対象ではないと理解して免疫力が強化されるんだ。君はずっと戦わないつもりなのか、それは体に良いようで良くない癖だぞ」
「飲食店って、特に下町の飲み屋さんって、沢山の人が利用して、沢山の人の唾液が一緒こたに洗われている、そのイメージだけが、どうしても受け入れられなくて」

◆■◆■◆

並木は居酒屋「鮹八」で食べて帰ろうと誘うと少し嫌そうに了承して付いてくる。唐揚げを飲み込んだ後、無視するように次に箸をつけても拒絶しない料理を選んでいる並木を見つめながら、彼と初めて出会った時のことを思い出す。千代子(チヨコ)は社長室に呼び出され、並木の直属はお前だが、くれぐれも面倒は起こすなよと釘をさされたのだ。
「NT社の御子息だ。古岩が適任だと、飯田君の推薦でな。君なら付かず離れずの部下の扱いが出来るだろうと」
「尽力いたします」
「断っておくが」
部長の飯田が咳払いをして、「きつい言い方を控えろよ、分かっているな。御子息の機嫌を損ねるな」
「はい」
「任せる」

(どんな問題児が入社してくるのかと思ったら、小柄で背の低い、良家のお坊ちゃんそのものじゃないか)
「ご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
整った顔立ちの青年が千代子に深く頭を下げた。並木誠二(セイジ)という資産家の御子息は、それ以来千代子の直属の部下となった。
顔を上げて微笑む彼の表情をじっと見つめる。口元も目元も緩くしなり、反抗の色はほんの少しも見られない。しかしながら千代子はつい先ほどの会話を思い出す。
「金持ちっていう生き物は、どんなに誠実そうに見えてもヤクザと同じだからな。いざとなったら権力を示唆してくる。慎めよ」と、社長がこぼしていた。お前が言うかっていう、その一人としての自覚はあるんだろうが。千代子は頭を下げながら心の中で毒づいた。

並木と笑顔で対面しながら彼女は思う。
この従順そうなクロコダイルはどんな本性を見せてくれるのだろう。

千代子の心はその日、まるで見えない牙への期待で静かに踊った。
しかしながら並木と一緒に仕事周りをし、月日が経てば経つほど、彼にはむき出しにする牙など生えていないのだと知ることになった。


「どういう家庭で育ったらそこまでの神経質になるんだろうね。それとも平成の子供は綺麗好きしかいないのか?」
ホッケの焼き魚に箸を伸ばした並木に、感心したように千代子は尋ねた。
「まさか、君の身の回りの世話は、お母さんじゃなくて、召し使いがやるとか?」
「母がやってくれていましたよ。でもどちらかと言うと、何でも自分で出来るように育てられたので。掃除も料理も、洗濯も、窓ふきの仕方まで。勉学以外の空いた時間を見つけては」
「なるほど。奥さんの愛妻弁当と思い込んでいた君の持ち込み昼食の理由に納得だよ。じゃあ根っから潔癖なんだ。歯ブラシ持ち歩くのも、君にとっては」
「普通の事です。やっぱり、おかしいですか?」
「ゴミ捨て場で遊ぶなんて、とんでもない時代だからなぁ。おかしくないんじゃない?古い時代の人間なんだなって、自分が」
「十数年しか、離れてないじゃないですか」
「君、幾つだったっけ」
「23です」
千代子は少し考えた後、くたびれた笑顔を作った。
「ひと周り以上違うよ。随分と差があるんだなって。年とったんだな、古岩の名前に年齢が追いついたよ」

ビールを口に含む間も並木の表情を見つめる。思いつめたように箸を止め、かと思うと小さな白身を口に入れて咀嚼している。面白い子だな、と千代子は思う。
家柄も建前も立派な良家のお坊ちゃんっていうのは、どんなに育ちが良くても結局は我がままで鼻につく人柄に違いないと思っていたのに、目の前の青年はとっても素直で聡明で、謙虚だ。

◆■◆■◆

誠二は古岩と向かいあって食事をしている時も暁音との性生活の悩みのことを考えている。
「誠二、結婚する気持ちはあるか」
両親と向かい合い、見合い用の写真を手渡されると誠二はそれを開いた。
目元が涼しげな、和顔の美人。
「お前より、三歳年下だ。良家の娘で、育ちも学歴もいい」
誠二は両親に顔を上げると、二つ返事で了承した。
「喜んでお受けします」

何不自由のない生活と、十分な教育環境。誠二は勉強が嫌いではなかったので、特別な反抗期もなく高校を卒業し、大学に進学、就職した。就職一年目の春に訪れた見合いの話を、誠二は心から喜んで受けた。
学習塾に通うこと、付き合う友達を選ぶこと。自分という身寄りのない人間を、大事に育ててくれた両親への恩を毎日のように感謝して過ごした。清潔な環境と十分な栄養、自分が真っ当に生きることこそが、自分を貰い受け育ててくれた両親への恩返しと常に心にとめた。暴力をふるうこともなく、真摯な愛情を注いでくれた両親を、誠二は尊敬し、愛してもいた。誠二には縁談を断る理由などなかった。

同級生のカップルが、校舎内で身をくっつけ合い楽しそうにしているのを見て、恋愛に憧れを抱いたこともあった。しかしながら自分とは無関係の事、自分の本当の親のことを考えると、愛や恋なんて希薄な感情は途端に冷えてしまった。
異性を愛して、子供を設けることが幸せだなんて、幻想でしかない、自分にとっては。
本当の親が誰でどんな人かなんて、考えたくもない。実の兄弟は、一人っ子だったんだろうか、それとも。
施設にいた年の近い子供達はみな死んだような目をしていた。笑うこと、泣くこと、それを自然にどうやってやるのか、誰にも教えてもらえずに。自分だって同じだった、きっと同じ目をしていた。

暁音との結婚を円熟させる事こそ、自分が両親に出来る本当の恩返し、これは任務であり、最優先事項なんだ。

「嫌なのか。箸がとまってる」
「あ、いえ、美味しいです」
「『美味しいけど、そういう事ではない』でしょ。よくブツブツ言ってるもんね」
「言ってませんよ」
「飲み屋で食べる度に言ってる」
「言ってますか?そう言えば、そう言わてみれば。。。」
「君は集中すると、周り見えなくなっちゃうんだよな。社交的だけど、抜けてる」
誠二は苦笑した。それはきっと、古岩さんと一緒にいるからだ。誠二は新入社員研修期間の同期社員との昼食や、仕事後の飲みの付き合いの時のことを思い出した。
周囲の皆に合わせて、本当は異常な潔癖症であることを隠しながら、一緒に食事をする。例えばその後食べたものを吐き出したいとか、そこまで強い嫌悪感があるわけではない。それまでも同様にやってきたのだから特別な問題ではないと自然に振舞っていた。
「皆と違わない自分」というガードを、崩さないっていうこと、それは何も自分だけに必要とされているスキルではない。皆ニコニコとしながら、線の引かれた道の幅からはみ出すことのないよう、押し出されるようにして前へ進んでいく、それで普通なんだ。

しかしながら異質でないように振る舞えば振る舞うほど、自分っていうのは一体誰なのだろうという気持ちになってくる。そしてその他大勢ではなく自分は、本当の両親の存在を知らない分、まるで宙に浮いた生き物だとすら感じることがある。他者が自分を見る、この人が並木誠二だ、普通の人だと思う。だけどその時、彼らが見ているのは自分ではなく、彼らの中の「普通の人」と寸分も変わらない人間像だ。彼らにとっては誰とでも取り替え可能な人間だ。
そして彼らが自分をそのように認識していると思っているのは、自分がそのように立ち振舞ってきたからだと誠二には分かっている。それでいいんだと思う、自分という存在が他の誰とも違わないというのは、深い安心ではないのか、自分にとっても、他人にとっても。少なくとも自分にとってはそうなんだ、それで間違いじゃない、そう誠二は思っていた。
けれど古岩と一緒に仕事周りで一日の半分以上の時間を共にするようになった時、隠す必要はないのかもしれない、むしろ隠すべきではないと自然と思えてきた。古岩はよく、「君はどうしたいの」という言葉を口にした。

「ココ!!使って」
古岩は自分の胸に拳をトンと当てて、「本当に伝わるのは、熱意だけだからね」と言って、笑顔で手際よくこなしたはずの商談相手が首を横に傾げて終わった仕事の後僕にそう諭した。
「どれだけ上手に会話をこなしてもね、ココの気持ちは伝わるの、誰でも」
どうして契約が成立しなかったのか、その理由が分からず、でもこれがベストだというプランを提示した、相手が悪かっただけと思い込もうとしだ誠二は途端に頭を垂れた。
「君は、どうしたいの。君が本当に思っていること、熱意。それが相手に伝わらなかったら、人は動いてくれないからね。金と人はね、何処にも出していないと思っているけど、心で動くんだよ」

古岩さんは、僕の意思を求めているんだ、他の誰かではなく、僕の。
誠二はその時になって初めて、自分の意思と向き合った。はみ出さない普通の人じゃなくて、自分の気持ち。
真っ当に生きることが最重要課題だった誠二にとって、「自分の意向」を意識させられるのはそれ以上の難題であるように感じた。自分がこうあるべき義務をこなすことが、自分という人間が出来る最善の人物像だと思っていたのに。

たまに一緒に食事をする昼食と、夜のタイミングのどちらかでまず打ち明けよう。誠二は何度も口を開くことが出来ない日を経過しながらも、彼女に自分のいわゆる異常な一面を打ち明けた。それからは想像していた以上に、気持ちがすっと楽になり、自分がかくあるべきと努めていた「普通の人」という自分像がどれだけ重たいものであったかに気付かされた。
古岩は初めて潔癖症であることを打ち明けた時、「変わってるね」と言った。誠二はやっぱりかと落ち込んだが、その後古岩はこうも言った。「なんでしょんぼりしてんの。変わってるけど、駄目だなんて言ってない」
じゃあ飲み屋にさそって食べるの辛かったんだね、でも綺麗にし過ぎも免疫つかないよ、たまには付き合って。マイ箸持ってる?!やっぱ変わってるわ、だったら使ったら。
自分が異常だと思っていたことを変だと言いながらあっさり受け入れる古岩を前に、誠二はどうしてもっと早く言わなかったんだろうと思った。そして彼女に自分の異常な一面を受け入れられた時、自分でも自分という存在を肯定し受け入れることがようやく出来たように思った。

誠二は普段はそうしないよう努めていた万全の自分が、彼女と一緒にいる間だけほころんできていることに気づくと思い切って、潔癖症を打ち明けたのと同じように、暁音との性生活の悩みを打ち明けようと決心した。

「綺麗か綺麗じゃないか、そんなのいちいち調べて検証するなんて無理なのに、イメージ一つでねぇ。白黒つかない疑いを、黒が入ってるかもしれないって排除したら白い方も一緒に口に入らなくなるじゃないか。私は全然気になんない、だって自分が食事作る時だってまな板洗わずに使いっぱなしだし。信じる物はそれぞれで、仕事以外のプライベートで口挟むつもりないけどさ、そんなんで赤の他人の奥さんとキスとか、もっとすごいことも、してない訳じゃないんでしょ?してるよね、普通。高校生のカップルじゃあるまいし」
僕はぎくりとして、黙り込んだ。意中を読んだような古岩さんからの切り出しに、今がそのタイミングだ、今打ち明けるしかないという切羽詰まった思いが背中を押した。
「え?ええ?してないの、君。まさか、童貞」
「こっ、ここ、古岩さん、この後、時間ありますか」
「予定はないよ、帰って寝るだけ」
「じゃあ、場所変えていいですか」


「良い雰囲気の茶店だね」
「よく来るんです」
「自分にとって『ここは安心』っていう、喫茶店が一つ二つ生活の中にあるって素敵ね。私はないけど」
並木はリラックスした表情で、いつもは飲まないグラスの水を一口含んだ。店員とはやはり顔馴染みのようで、彼が軽く会釈して指をチョキにして店員に示すと着いた席にホットコーヒーが2つ運ばれてきた。

「君は分かりやすいね」
「何ですか、僕から何か、古岩さんにしか見えない自分が出てます?」
「出てると言うか、さっき飲み屋に居た時と全然違うから」
古岩がそう言うと並木はカップをテーブルに置いて、両手を膝の上に乗せて少しさすった。
「飲み屋。。。そうだった、コーヒーを堪能している場合ではなかった」
小岩がスプーンを置いてコーヒを飲んだ後、「あっ、美味し」と眉を寄せた時、並木は話を切り出した。
「大きな声では言えない話なんですけど。古岩さんも、静かに聞いてください。古岩さんも知っての通り、僕が潔癖症のせいだと思うんですけど、結婚した相手との初夜を、迎えたい気持ちにどうしてもなれないんです」
「ふむ、それで」
「それで?!それで。。。ど、どうしたら良いんですかね、やっぱり夫婦というものはやはり性生活を充実させないといけないものなんですかね、良き伴侶、良き同居人として一緒に人生を共にする、というだけでは十分ではない、と判断されてしまうのでしょうか」
古岩は少し考え、並木はようやく打ち明けられたことに安堵しコーヒーを一口飲んだ。その間も古岩は黙っていて、並木には彼女がきっと良い打開策を提案してくれるだろうと期待を高めていた。
「君が問題に感じている、ということは。君の嫁は君に、夜の関係を求めているんだね?そうでなければ、事を急く必要にも駆られない」
「はい」
「この問題は、あくまでも君にあるな。君は君の嫁と、一線を越えたくはないの?特別な関係になる為に、結婚したんだよね」
「特別な関係というのは何ですか?他の誰かではない一人と、人生を同じ生活スペースで暮らしていく、家族ってそれで十分ではないのでしょうか」
「君には、性欲がない、嫁には持てない、と」
「彼女が嫌いではないんですよ、潔癖症のせいだと思うんです、他人と体を重ねる、というのがどうしても」
「抵抗がある、と」
「そういうことだと思います」
「嫁に好意はあるけど、性欲は沸かない、と」
「簡単に言うと、そうなります」
「それは、重大な欠陥だ」

僕はがっくりと肩を落とした。「そうですよね、やっぱり」
「だけど、改善したいんだよね、だから相談したんだ、私に」
「そっ、そうです、何とか克服したいと、それが僕にとっての最重要課題だと」
古岩さんはメニューをとって、チラッと僕を見た後「食後のデザート頼んでいい?」と言った。
「どうぞ、もちろん」

赤色のムースがスポンジの上に乗ったケーキがテーブルに置かれると、古岩さんが切り出した。
「男性用の下着を着用してみたら」
僕は何も飲んでいないのにむせて、喉元を押さえながら咳を何度かした。
「大丈夫?」
「男性用の下着が、どうして性欲の打開策になるんですか?!」
「想像してごらん。何なら会社で下着を着用してから帰宅するんだ。彼女は君に『お帰りなさい』と言ってご飯を用意する。君はそれをソファーでテレビでも見ながら待っている」
「ご飯はほとんど僕が作ります」
「さすが。まぁ例えばの話だよ。その間も君は、彼女のすぐ隣にいるのに、服の下には彼女には言えないような格好をしている。君の胸を締め付けるブラジャーの圧力、股にくい込む女性用と同じショーツのフォルム。君っていう常識的で悪く言えば面白みのない人物像からは想像もつかないような、アブノーマルな格好だ。食後、ソファーに座って二人で過ごしている普段通りの時間が官能を促す最高のプレイに変わるんだ」
「気持ち悪い!!絶対に、嫌です!」
「人間なんて洗いざらい見てみたら、気持ちの悪い生き物だ。それは事実で、私達が人類である以上覆ることなんてない」
「それが、嫌だから。嫌なことを、わざわざする必要ないでしょう」
「嫌だって言ってもね。人間なんて汚い生き物だ、その事実がたとえ半分だろうとそれは真実だろうが」
「嫌なんですよ、自分勝手で、無責任で、自分以外の人間が苦しもうと平気だ」
古岩は絶句した。人の良い部下が初めて見せる強い怒り混じりの嫌悪感。触れて良いものか迷った末、論点が重複するのもやっかいなので避けることにした。
「実際に、本当にやったら間違いなく興奮するよ。君が本気で彼女と夜の関係を円満に持ちたいなら、そのくらいのこと試さないとダメだね。君が今身につけているサイズぴったりの仕立ての良いスーツを、心の中で脱ぎ捨てるんだ。ところで今まで女性と付き合った経験は」
僕は少し間を置いて、「ありません」と答えた。
「まさか君が、風俗で初めてを捨てるとも思えないしねぇ」
コーヒーを口に含むと、涙が出てきそうになった。真剣に悩んでいるんだから、冗談みたいに扱わないで欲しいのに。
「面白がってますよね。本気で相談しているのに」
「私だって本気だよ。本気で下着を身につけてみたらどうかと言っているんだ。何なら私が買ってきてあげるよ。着ないで持っているだけでも変態質な感情のスイッチが微かにでも灯るかもしれない」
「古岩さん、僕本気で悩んでるんですよ」
「君にとって嫁との夜の営みは、最重要課題なんだよね?」
「ええ」
「だったらやるべきだ。本気なんだよね?いつまでもジクジク、彼女が更年期になるまでズルズルやり過ごせば良いなんて思ってないよね。だったら男性用下着を身に付けるなんて特別害のないミッション、世間体やプライドなんか捨てて試してみなよ」
「嫌です!いりません!!」
「気持ち悪いから?性行為を気持ち悪いと考えているうちは絶対に行動になんか移せない。角度を変えてみてごらん。エロスはいつだって芸術に欠かせない美の対象だ」
「男性用下着?!持っているだけでゾッとします。誰にも、彼女にも友達にも言えないから、貴方に相談したのに」
「他の知り合いはみんな、君のことを礼儀正しくて誠実で、物分かりの良いグッドボーイだって思ってるからそれを覆せないって?君にとって大切なのは世間体だけか全く」
「だけど、それが普通ですよね?それが社会ですよね?自分っていう世間体を大切にすることの、どこがいけない事なんでしょうか」
「じゃあ私に相談したのはどうして?私だったら、いざとなったら君が仕事を辞めてしまったら縁を切ることが出来るから?」
「そうじゃありません、仕事って、家族や友人より、一緒にいる時間がむしろ長いから、その」
「なんだ、信用してくれているとでも言うのか」
「もちろんですよ、信用しているから、古岩さんだから相談したんです。こんな話、昔からの友人知人には逆に言えない」
「やっぱり付き合いが短いからじゃないか、全く。嘘が下手だな」
「そうではなくて、上手く説明出来なくてすみません」
ハー美味しかった、食後のケーキってさ、満腹の上に食べるのに、なんでこんなに美味しんだろ、と古岩は言い、口元を少し拭うと付け加えるように言った。

「買ってきてあげるよ、男性用の下着。私の可愛くて優秀な部下からの斬っての頼みだ」
「いりません、他の方法考えます」

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